古志郡 三宅神社 伝承と祭神の研究

三宅神社に古くから伝わる伝承と多くの謎を通して地域史を考えます。

芒と萩の結界 古志のお盆

旧古志郡地域のお盆の風習

  今年も暑いお盆がやってきました。昨日の気温は高田で40度超え。新潟県内のお墓まいりは8月の13日。夕暮れになると提灯をぶら下げてお参りします。陽が落ちて、木々の梢や葉っぱにお供えのロウソクの光が照り返すのはとても風情がありましたが、今は時代の変化と共にお参りする時間が早くなり、日が落ちてからお参りする人はほとんどいなくなりました。

 遠い昔民俗学の講義を受けていた頃、お盆の本質は「火祭り」にあるという話を聞いたことがあります。軒先きで迎え火を焚いて先祖霊を迎え京都の大文字焼きを始めとする送り火で先祖を送る。これら一連の行為はお正月の塞の神どんと焼き等の行事と同一線状にあり、先祖霊を祀るには火が欠かせないことを明らかに示しているとのことでした。

 全国に共通する火祭りの原理は当地では提灯に集約されているようです。私の子供の頃には近所の川に提灯をぶら下げ出かけ、呪文のような口上を唱えて先祖霊を提灯に呼び入れ、家の仏壇まで火を消さないようにして運ぶのが子供の役割でした。日頃何も楽しみがない田舎では、親戚が集まってお盆を過ごすことが一大イベントで楽しい行事でした。今ではお墓まいりに持参する「提灯」には霊が宿る特別な意味があるということも、多くの人が忘れ果ててしまいました。

芒と萩のお墓の飾り付け

 もう一つ地元でも多くの人が忘れようとしている事に、お墓の前の芒と萩の飾り付けがあります。正式には下の写真のように芒と萩を束ね、鳥居のような形状にして飾り付けます。

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 この風習は旧古志郡の東山地域に見られたようです。私は約10年前に長岡市中心市街地にある曹洞宗の安善寺さんでも目撃していますが、知人によるとかなり広範に行われていた可能性があります。しかし今ではお盆行事の簡素化に伴い鳥居形状の飾り付けをするところはほとんどなくなったようです。当地でも下記の写真のように、芒と萩を束ねた簡略化したお供えを上げる場合がほとんどです。

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 このお墓を芒と萩で飾り付ける風習は、私が確認したところ禅宗真宗仏教の宗派を問わず行われているようなので、火祭り同様仏教起源ではない可能性が高いと思われます。

 鳥居形状の飾りつけが「結界」を表してるかどうか、今となっては知るすべもありませんが、幼い時に夜暗くなってからお参りするお墓の芒と萩の飾りつけの前と後では、ロウソクの灯りに揺らいで確かに空間が違って見えた記憶があります。